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安城市本證寺は家康と戦った三河一向一揆の舞台!歴史と御朱印は?

安城市本證寺のお賽銭箱

安城市にある本證寺(ほんしょうじ)は、三河一向一揆で徳川家康と対立したお寺の1つ。城郭のように土塁や堀が作られ、戦国武士を相手に戦いました。

今でも、鼓楼や水堀など、その名残を見ることができます。

この記事では、安城市にある本證寺の歴史や御朱印、アクセス駐車場についてご紹介します。

「どうする家康」で描かれた本證寺へ、ぜひ行ってみてくださいね。

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本證寺(ほんしょうじ)の歴史は?

安城市本證寺の鼓堂
本證寺の鼓堂

安城市の南東にある本證寺(ほんしょうじ)は、1206年(鎌倉時代)に創建され、戦国時代には三河一向一揆の舞台となったお寺です。

お寺の周りには2重の堀と土塁があり、「城郭寺院」と呼ばれていました。建物はすべて壊されたものの、江戸時代に再建されました。

江戸時代後期には200以上の末寺を持つ大きな寺となっていましたが、明治時代になると寺の土地が没収され、現在は堀が境内周りに一部残るのみになっています。

本證寺の空誓は当時19歳!?

安城市本證寺に残る土塁と堀
本證寺に残る堀と土塁

空誓(くうせい)上人は17歳で本證寺の住職となり、三河一向一揆で当時の岡崎城主・松平(徳川)家康と対峙していた時はなんと19歳(1563年)! 大河ドラマのイメージとはずいぶん違っていますね…。

鎌倉時代から徴税や犯罪者追跡のための立ち入りができない特権(守護使不入)を持つ本證寺に、家康が自分たちの権限で特権をはく奪して対立、戦いが起こりました。

空誓は家康と和議を結んだものの、のちに家康から一方的に出された改宗命令を拒否して逃走、本證寺は廃寺となりました。

一向一揆から20年後に家康は本願寺の復興を許可し、1585年に本證寺が復興。空誓上人は晩年に家康から江戸城に招かれ、名古屋城主で家康の9男・義直を助けるように依頼されたそうです。

昨日の敵は今日の友、ですね。

本證寺に残る本田正信の墓

安城市本證寺の本堂

本證寺の中庭には本田正信の墓があります。本田正信は「どうする家康」では三河一向一揆の軍師として家康に敵対し、その後三河を追放されました。

その後、本能寺の変の少し前に徳川家に帰参し、江戸幕府をひらいた後は家康の側近として仕え、2代将軍秀忠の時代には老中にまでなっています。家康の死後、2か月後に後を追うように亡くなりました。

本證寺に残る本田正信のお墓は、本堂と庫裏を結ぶ廊下の中庭にあって、外から見ることはできません。遺骨はないそうですが、外から隠すようにひっそりと残されています。

本證寺の建物

安城市本證寺の鼓堂

現在の本證寺にある本堂、鼓楼、鐘楼、経蔵、裏門、庫裏は、江戸時代に再建された建物がそのまま残されています。

鼓楼(ころう)は浄土真宗系のお寺にある、太鼓を設置するための建物で、時間を知らせる役割をしていました。

石積の上に建てられた姿はまるでお城にある隅櫓(すみやぐら)、偵察と防御の役割も兼ねていたようです。

犬山城と同じ、釣鐘のような窓(華頭窓(かとうまど))があり、屋根にはしゃちほこが上げられています。(平成18年に解体修理されています。)

本堂へは靴を脱いで上がることができます。正面にはご本尊・鎌倉時代後期作の阿弥陀如来立像が置かれています。

正面上部の欄間は色あせているものの、江戸時代に作られた見事な彫刻です。じっくり見てくださいね。

安城市本證寺の庫裏の梁

庫裏(くり)も江戸時代後期に再建された建物で、客殿や台所、住職さんの住まいがあります。

入り口を入ると、天井には太い梁がむき出しになっていて、客人が籠に乗ったまま出入りできたほどの広い土間があります。当時のお寺の格式がうかがえますね。

本證寺のハス

本證寺の内堀では、7~8月頃になるとハスの花が咲いていました。けれども、平成6年を最後に全滅。堀には捨てられた外来種のミシシッピアカミミガメやアメリカザリガニなどが、繁殖していたそうです。

地元の有志の方が集まって「ハスの会」を結成し、かつての景観を取り戻そうとハスの花の育成に取り組み、平成25年にハスの花が復活、現在も保護活動が続けられています。

山門に向かって右側に白いハス、左側に赤いハスが堀を埋め尽くすように広がる風景は、江戸時代から伝わる風景と同じなんだとか。

ハスの花が咲いて風情ある光景を見たくなりますね。

雲龍山本證寺
住所:安城市野寺町野寺26
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本證寺の御朱印は?

本證寺は浄土真宗のお寺ですが、御朱印があります。住職さんがいらっしゃるときには、直書きで書いていただけます。

「大悲無倦(だいひむけん)」、阿弥陀仏の慈悲は常に衆生を照らしてくださる、という意味です。

その他に「本證寺城」の御城印(書き置き、赤と青)があります。

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本證寺のアクセス駐車場は?

安城市本證寺の経蔵
本證寺の経蔵

本證寺の最寄り駅は名鉄西尾線「南桜井駅」、2番出口から出て、南東へ15分ほど歩きます。

または「南桜井駅」からあんくるバス桜井線(1乗車100円・未就学児は無料、年末年始は運休)に乗り、次のバス停「野寺本證寺前」で下車します。 

県道294号線(西尾小川線)沿いの西側にあり、駐車場は本堂の南側に用意されています。県道294号線から細い道を入った奥にあるので、駐車場の看板を見逃さないようにしてくださいね。

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さいごに

安城市本證寺の歴史や御朱印、アクセス駐車場についてお伝えしました。

年に1回行われている本證寺のフェスティバルでは、納棺体験(白装束を着てお棺に横になり、お経をあげてもらう体験)や音楽演奏、法話や縁日など様々なイベントが開催されます。

お寺との距離がとっても身近に感じられる本證寺で、戦国時代、江戸時代の風景を垣間見てくださいね。

>>本證寺がある安城市の観光情報はこちら【楽天たびノート】

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