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【豊臣兄弟!】豊臣秀長が築いた大和郡山城を歩く!見どころ・歴史・アクセス完全ガイド

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大河ドラマ「豊臣兄弟!」で描かれた豊臣秀長。兄・秀吉を影で支え続けた「最高の補佐役」として、改めてその存在に注目している方も多いのではないでしょうか。

その秀長が自らの政治の拠点として整備した城が、奈良県大和郡山市にある大和郡山城。壮大な石垣、逆さ地蔵、天守台からの奈良盆地の眺め……歴史好きにはたまらない見どころが揃っています。

城跡は比較的平坦で歩きやすく、近鉄郡山駅から徒歩7分とアクセスも抜群。法隆寺や奈良公園と組み合わせた奈良旅行にもぴったりです。

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豊臣秀長って、どんな人?

大和郡山城を語るなら、まず秀長のことを少し知っておくと、城の見え方が変わります。

豊臣秀長は秀吉の弟。派手な秀吉の陰に隠れがちですが、軍事・外交・内政すべてにわたって優れた手腕を発揮した人物です。

秀吉が表の顔なら、秀長は裏の要」とも言われ、兄弟の信頼関係は非常に厚かったといわれています。

天正13年(1585年)、秀長は大和・紀伊・和泉の三国100万石を与えられ、その拠点として大和郡山城を大規模に整備します。

軍事拠点としてだけでなく、商人や寺社を計画的に配置した城下町づくりにも力を注ぎました。

歴史家の間では「秀長が長生きしていれば豊臣政権の運命は変わっていた」とも言われます。秀長が亡くなった翌年に千利休が切腹し、その後は政権内の対立が一気に深まっていったからです。

大和郡山城を歩きながら、そんな秀長の生涯に思いを馳せてみてくださいね。

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大和郡山城の歴史をざっくりおさらい

時代できごと
天正8年(1580年)頃筒井順慶が本格築城
天正13年(1585年)豊臣秀長が入城・大規模改修
江戸時代郡山藩の藩庁として松平氏・本多氏などが治める
享保9年(1724年)柳澤吉里が入封。以後、幕末まで柳澤家が統治
明治維新後建物の多くが失われる
昭和58〜62年市民の保存活動により追手門・櫓が復元
平成29年(2017年)天守台展望施設整備・続日本100名城に選定
令和4年(2022年)城跡全体が国史跡に指定

秀長による改修で高石垣や広い堀が整備され、近世城郭として大きく生まれ変わりました。

近年の発掘調査で天守の礎石も確認され、秀長の時代に実際に天守が存在していたことが裏付けられています。

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大和郡山城の見どころ4選

現在の大和郡山城に天守は残っていませんが、当時の石垣が残されています。

① 天守台展望施設

大和郡山城

本丸跡にある天守台の上からは奈良盆地を一望できます。天気のいい日は平城宮跡の大極殿、薬師寺、若草山まで見渡せて、「奈良らしい景色」をまるごと楽しめます。

天守台へ向かう坂道は緩やかで、距離もそれほど長くありません。石垣を眺めながらゆっくり登れます。

約440年前、秀長もこの場所から自分の領国を見渡していたはずです。同じ場所に立つだけで、時代を超えたような感覚になります。

春は約600本の桜が咲き誇り、「日本さくら名所100選」にも選ばれた絶景が広がります。

② 追手門と櫓

城の正面玄関にあたる追手門は、大和郡山城のシンボル的な存在です。

昭和58〜62年に市民の保存活動と寄付によって復元されたもので、重厚な木造建築と白壁が印象的。追手向櫓・追手東隅櫓・多聞櫓が石垣とともに並ぶ姿は、見ごたえがあります。

行政だけでなく市民の力で復元されたという背景を知ると、この門がより愛おしく感じられます。

③ 逆さ地蔵

天守台北側の石垣に、上下逆さまの状態で埋め込まれたお地蔵様がいます。これが「逆さ地蔵」です。

秀長が城を大規模に改修した際、大和国では良質な石材が不足していました。そのため、周辺の寺院や墓地にあった石仏・墓石などを石垣の材料として転用したのです。

※実際は暗くて、逆さ地蔵は良く見えません。懐中電灯や携帯のライトを当てながら、みなさん覗いていましたよ。

石垣をよく見ると、五輪塔や墓石と思われる石材もあちこちに見つかります。

「祟りで天守が倒壊した」という伝説も残っていますが、これはあくまで後世の伝承。歴史と伝説の両方を楽しめるのも、この場所の面白さです。

探しながら石垣を歩くと、あっという間に時間が経ちます。

④ 柳澤神社と柳沢文庫

天守台のすぐそばに建つ柳澤神社は、江戸時代に郡山藩を治めた柳澤家ゆかりの神社です。木々に囲まれた静かな境内は、散策途中の休憩にもちょうどいい場所です。

隣接する柳沢文庫(写真↑丸印)は、柳澤家に伝わる古文書や郡山藩の資料を展示する地方史専門の資料館です。企画展も定期的に開催されています。

城跡を「見る」だけでなく、ここで「学ぶ」ことで、大和郡山城の歴史が立体的に理解できます。

柳沢文庫
開館時間:9:00~17:00
休館日:月曜・第4火曜日(祝日は開館)
入館料:300円、学生(高校生以上)200円

城下町も歩いてみて

城跡の見学が終わったら、ぜひ周辺の城下町も歩いてみてください。

秀長が計画的に整備した道路や町割りの名残が、今も市街地に残っています。古い町家や格子戸の建物が点在していて、「この道を秀長も歩いたのかな」と思いながら歩くのが楽しいです。

大和郡山は「金魚のまち」としても有名です。江戸時代に郡山藩士が副業として金魚養殖を始めたことが起源で、現在も全国有数の金魚の産地。

町中に金魚をモチーフにしたマンホールやオブジェがあって、散策中にちょこちょこ見つかります。

金魚をモチーフにしたお菓子や雑貨もあり、お土産探しにもいいですよ。

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大和郡山城のアクセスと基本情報

基本情報】

所在地奈良県大和郡山市城内町
見学城跡は自由見学(一部施設は開館日・入館料あり)
所要時間約1時間半〜2時間(城下町散策含めると半日)

電車でのアクセス

  • 近鉄橿原線「近鉄郡山駅」から徒歩約7分(最寄り駅)
  • JR大和路線「郡山駅」から徒歩約15分

車でのアクセス

西名阪自動車道・郡山ICから約15〜20分。ただし桜のシーズンや「大和郡山お城まつり」の期間は周辺道路が混雑します。公共交通機関の利用がおすすめです。

駐車場

城跡周辺に小規模な駐車場があります。休日やイベント時は満車になることが多いので、三の丸駐車場ややまと郡山城ホール駐車場など周辺の有料駐車場を確認してください。

※大和郡山城は「豊臣兄弟!」大河ドラマ館から、線路を挟んだ向こう側(西側)にあります。

服装・持ち物

石畳や砂利道、一部石段があるので歩きやすい靴で。夏は陽を遮る場所が少ないので、飲み物や日傘などを持参してくださいね。

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大和郡山城まとめ

大和郡山城は、「派手ではないけれど、歩けば歩くほど味が出る」お城です。

壮大な石垣に逆さ地蔵を探し、天守台から奈良盆地を眺め、城下町に残る秀長の足跡を感じる——急がずゆっくり歩いてこそ、この城の魅力がじわっと伝わってきます。

大河ドラマ「豊臣兄弟!」で秀長に興味を持った方には、特におすすめしたい場所です。歴史の教科書とは違う「リアルな秀長」に、ここで会えますよ。

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