【麒麟がくる】

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坂本町西教寺のアクセスと見どころは?禅明坊光秀館の麒麟がくる展も必見です

滋賀県大津市坂本町にある西教寺(さいきょうじ)は、信長の比叡山焼き討ちで焼失したあと、明智光秀が檀徒になって復興に尽力したお寺です。明智光秀一族の墓と妻・熙子さんのお墓があります。西教寺のアクセスと見どころ、禅明坊光秀館の「びわ湖大津「麒麟がくる」展」についてご紹介します。
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坂本城は明智光秀とともに消えた幻の居城!城跡に残る明智塚と聖衆来迎寺

滋賀県大津市、比叡山のふもとあった坂本城は、明智光秀が織田信長から命を受け、京と比叡山の抑えとして築城されたお城です。琵琶湖に面した水城は船で乗り入れができ、安土城に次ぐ名城と称賛されたお城でした。本能寺の変のあと落城し、現在は民家や道路の下に埋まっています。幻の坂本城と光秀ゆかりの場所をご紹介します。
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安土城考古学博物館と信長の館の復元された天主!豪華絢爛な天守閣は必見です

安土城跡から車で5分くらいのところに、安土城考古学博物館と信長の館があります。考古学博物館には安土城跡から出土した金箔瓦など安土城に関する資料が展示されていて、信長の館では安土城の天守閣が再現されていて、金ぴかの豪華絢爛な姿に圧倒されます。安土城跡とセットでまわると、信長気分を体感できますよ!
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安土城跡のアクセスと駐車場は?石階段でヒザが笑う織田信長の壮大な城!

織田信長公が天下統一を目前にして建てた安土城は、標高199mの山の上にあり、黄金に輝く天守閣を持つ壮大なお城だったと言われています。石段がひたすら続く大手道を上って、下山したときにはヒザががくがくと笑っていました。でも天守跡からの眺めは最高に気持ちがいい! 安土城跡へのアクセスと様子についてご紹介します。
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長篠の戦いは長篠城から始まった!鳥居強右衛門の手柄と長篠城址史跡保存館の見どころは?

織田・徳川連合軍と武田軍が戦った長篠設楽原の合戦は、武田信玄の死去した後、家督を継いだ武田勝頼が東三河侵攻を開始、長篠城を取り囲んだところからスタートします。戦国の流れを変えた長篠の戦いで、命をかけた勝負に挑んだドラマが生まれました。長篠城の現在と、長篠城址史跡保存館の見どころについてお伝えします!
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長篠の戦いの場所の現在は?信長本陣と勝敗を決めた馬防柵!資料館と信玄塚は必見です

桶狭間の戦いから15年、織田・徳川連合軍は上洛を目指す武田信玄の侵攻を止めるべく戦いを繰り広げていました。武田の騎馬隊に翻弄され、三方ヶ原の戦いで惨敗、けれどその直後の信玄の死によって、形勢が変わっていきます。信長本陣跡や激戦区に再現された馬防柵、火縄銃が展示されている資料館、信玄塚についてお伝えします。
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小牧山城の石垣は信長が築き家康が改修?見どころとアクセス駐車場は?

織田信長は桶狭間の合戦で勝利した後、次は美濃を攻めるために、小牧山に城を築きました。4年後に美濃を手中に収めた信長は、岐阜城へ居城を移したために、小牧山城は廃城になってしまうのですが、17年後に家康が改修を行い、犬山城の秀吉と対峙します。歴史ロマンが漂う小牧山城の見どころをご紹介します!
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桶狭間の戦いの場所の現在と古戦場公園に残る今川義元の無念!アクセスと駐車場は?

桶狭間の戦いは、1560年におこった駿河・遠江から三河を支配する今川義元と、尾張の織田信長との戦いです。人数では勝ち目のない信長が、運も天気も味方につけて今川軍を破り勝利した戦いでしたが、合戦の激しさは壮絶だったようです。名古屋市緑区桶狭間に残る合戦の舞台になった場所の現在をご紹介します。
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岐阜城下町の歴史散策観光コース!道三と信長の物語が残るいにしえの町

岐阜城の西側に広がる城下町は、斎藤道三が築き、織田信長の時代に整備されました。今でもその頃の地名や名残があり、その足跡を見ることができます。戦国時代から江戸時代へと進んでいった歴史の流れを、散策しながらたどっていくと、いろんな発見があって楽しいですよ。岐阜城下町の観光スポットと散策コースをお伝えします。
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崇福寺は岐阜にある信長の菩提寺 血天井は必見!行き方と駐車場は?

岐阜市にある崇福寺。織田信長・信忠親子の菩提寺であり、信長の孫・秀信が関ヶ原の戦いの時に岐阜城に籠城し、落城の際に家臣が切腹した血痕が残る床板(血天井)が残されています。いろんな歴史の流れが入り組んで、つながって、今は静かに在りし日を伝えています。崇福寺に残る歴史のミステリーと行き方・駐車場をお伝えします。
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