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東別院は古渡城跡だった?織田信長ゆかりの歴史をわかりやすく紹介

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名古屋の東別院って、「大きなお寺だよね」くらいのイメージを持っている人、多いんじゃないでしょうか。

実はわたしも最初はそうでした。でもちゃんと調べてみたら、びっくり!ここ、織田信長が元服した城跡なんです。

「え、お寺じゃないの?」って思いますよね。もちろん今はお寺なんですが、その前は「古渡城(ふるわたりじょう)」というお城があったんです。

信長のお父さん・信秀が築いて、信長が13歳のときに元服した場所。そんな歴史が境内にちゃんと残っているのに、意外と知られていない。

歴史を知ってから行くと、同じ境内がぜんぜん違って見えますよ。散歩がもっと面白くなるので、ぜひ読んでみてくださいね。

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東別院は古渡城跡だった?

古渡城とは?

古渡城は、1534年に織田信秀が築いた平城です。

信秀って、信長の父でありながら、意外とスポットが当たらない武将ですよね。でも実際はかなりの実力者で、勝幡城(現・稲沢市)から居を移してこの地に新たな拠点を構えた、尾張の実力者です。

そしてこの城で、あの信長が13歳のときに元服したと伝わっています。

ここで元服……!ということは、信長が「さあ、天下を取るぞ」と動き始めた原点が、この場所にあるわけです。それだけで、なんかちょっとゾクっとしませんか。

なぜ重要な城だったの?

古渡城が重要だった理由は、ズバリ立地です。

那古野城(現在の名古屋城あたり)が整備される前の時代、古渡は尾張支配の要となる拠点でした。

大須の商業エリアにも近く、東海道の要衝・熱田にも近い。交通と経済、どちらから見ても「ここを押さえれば強い」という場所だったんですね。

信秀はさすがだなあと思います。

なぜ今はお寺になっているの?

信秀が末森城(現・千種区城山町)に移ったことで、古渡城はたった14年で廃城になります。その後、約1万坪の城跡はしばらく放置されてしまうんですが……。

江戸時代になって、転機が訪れます。尾張2代藩主・徳川光友がこの土地を東本願寺(真宗大谷派)に寄進して、ようやくお寺としての歴史が始まりました。

戦国の城が、江戸の世になってお寺になる。歴史ってこういう「その後」が面白いんですよね。

ちなみに、境内には古渡城址の石碑がひっそり立っていて、刻印入りの石が29個残っています。

これ、名古屋城の築城のときに石材置き場として使われた名残なんだとか。城から寺、そして城の石まで転用される——重なりがすごい。

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東別院の見どころ

東別院の見どころをご紹介します。

大きな山門

名古屋東別院の山門

まず山門のスケールに圧倒されます。名古屋空襲で焼失した後、1968年に再建されたもの。

これだけ立派な門をくぐるだけで、ちょっと気持ちが引き締まる感じがして好きです。

本堂

山門をくぐって、その奥にどっしり構える本堂。内部が450畳以上というのだから、入った瞬間に「ひろっ」ってなります。

靴を脱いで上がって、ご本尊の阿弥陀如来さまの前に座ってみてください。自分がすごく小さくなったように感じるんですが、同時にどこにいても視線が注がれているような、不思議な温かさがある。

ぜひ実際に体感してほしい場所です。

境内の雰囲気

境内には鐘楼・太鼓楼・銅燈籠など、見どころが点在しています。国の登録有形文化財に指定されている東門もあるので、見落とさないようにしてくださいね。

2月中旬になると、鐘楼前の梅の木に白やピンクの花が咲きます。これがまたきれいで。城跡×梅×お寺、の組み合わせが、なんとも風情があります。

年越しのスタイルも独特で、除夜の鐘ではなく年が明けてから「初鐘」を108回以上撞くのが東別院流。「煩悩は108じゃ収まらないから」というおおらかな理由、なんかいいですよね。

東別院暮らしの朝市

これ、外せません! 毎月8・18・28日に境内で開かれる「東別院暮らしの朝市」は、地元でも大人気のイベント

無農薬野菜やお弁当、パン、スイーツ、それにアクセサリーや布小物、陶器などの手作り雑貨が並んで、参道がまるでマルシェに変わります。

キッチンカーも出るので、その場でランチもできます(テイクアウト販売)。

「城跡の上で朝市をやっている」という事実が、個人的にはたまらないです。信秀も信長も、まさかここでクレープが売られる日が来るとは思ってなかったと思います。

開催日:毎月8日・18日・28日 10:00〜14:00(少雨決行・警報発令時は中止)

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東別院の所要時間は?

どのくらい時間を取ればいい?というのは、わりとよく聞かれます。

  • さらっと境内を見るだけなら、30〜40分
  • 本堂に上がってゆっくり参拝するなら、1時間ほど
  • 朝市の日に立ち寄って食べ歩きも楽しむなら、2〜3時間
  • 周辺の歴史スポットとセットで散歩するなら、半日は欲しいです

朝市の日は賑わうので、午前中の早めに行くのがおすすめ。駐車場も混雑します。

真宗大谷派名古屋別院[東別院]
住所:名古屋市中区橘2-8-55
寺務所:9:00~16:30
開門時間:6:00~16:30(5〜9月は〜17:00)
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東別院へのアクセス・駐車場

電車の場合

地下鉄名城線「東別院駅」4番出口から西へ徒歩約5分。栄・金山どちらからも名城線で1本です。

駐車場

境内西側に参拝者用の無料駐車場あり。朝市の日は早い時間に満車になることが多いので、周辺のコインパーキングも候補に入れておくと安心です。

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東別院周辺のおすすめ歴史散歩コース

東別院だけで帰るのはもったいない!周辺にも面白いスポットがたくさんあるので、組み合わせて歩いてみてください。

① 東別院→大須観音コース

徒歩圏内に大須観音&大須商店街があります。古い町並みと食べ歩きの店が混在する、名古屋らしいエリア。

歴史散歩の後に商店街でひと休み、という流れが最高です。

② 東別院→熱田神宮方面

南へ足を延ばすと熱田神宮へ。境内には、信長が桶狭間の戦い勝利のお礼として奉納した「信長塀」が残っています。

東別院(信秀・信長ゆかりの城跡)→熱田神宮(信長の戦勝祈願)という流れ、織田家ファンにはたまらないコースです。「宮の渡し」も近いので、東海道の面影も感じられます。

③ 東別院→名古屋城方面

「城跡から城へ」というコースです。東別院の石碑を見てから名古屋城へ行くと、「古渡城の石材がここに使われているのか……」という視点で見られるのが面白い。

同じ石が違う場所に転用されている、その歴史のつながりを感じながら歩くのは面白いですよ。

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まとめ

東別院、「お寺」として行くと少しもったいないです。

ここは、織田信秀が築き、信長が元服した古渡城の跡地。廃城後は石材置き場になり、江戸時代にお寺になり、今は朝市が賑わう——何層もの時間が積み重なった場所です。

石碑のそばに立って、「ここで信長が元服したのか」と想像してみるだけで、なんかちょっと感慨深くなります。

歴史を知ってから行く東別院は、ぜったい面白い。名古屋に来たときは、ぜひ足を運んでみてくださいね。

※情報が変更されている場合もありますので、ご利用の際は必ず現地の表記をご確認くださいね。

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