戦国時代の有名な合戦「長篠の戦い」。でも実際に行こうと思うと、こんな疑問が出てきませんか?
- どこで起きたの?
- 今も見られる場所はある?
- 観光として回れる?
結論からいうと、長篠の戦いの場所は現在も複数の史跡として残っており、実際に見学できます。ただし、1か所にまとまっているわけではなく、点在しているのが特徴です。
この記事では、現在見られる主な場所・所要時間・効率よく回る方法をわかりやすく解説します。
長篠の戦いの場所はどこ?現在はどうなってる?

「長篠の戦い」の場所は、現在も複数の史跡として残っており、実際に訪れることができます。
ただし、整備された観光地というよりは「ひっそりとした歴史の舞台」という雰囲気です。派手さはありませんが、背景を知って訪れると全く違う景色に見えてきます。
長篠の戦いの主なスポット(現在行けるところ)をご紹介します。
① 長篠城址
豊川と宇連川の合流地点に築かれた長篠城の跡地です。土塁や堀が現存しており、なぜここが要害として機能したかが実感できます。
鳥居強右衛門の逸話ゆかりの地でもあり、長篠城址史跡保存館と合わせて訪れるのがおすすめです。
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② 設楽原の馬防柵(決戦地)

織田・徳川連合軍と武田軍が激突した主戦場です。現在は連吾川沿いに馬防柵が再現されており、当時の防衛ラインを体感できます。
3万8千対1万5千という大軍が激突した場所とは思えないほど、今はのどかな田園風景が広がっています。「つわものどもの夢の跡」という言葉がぴったりの場所です。
なお、馬防柵の見学者専用駐車場はないので、邪魔にならない場所への駐車が必要です。
③ 織田信長本陣跡

標高134.5mの茶臼山山頂にある信長の本陣跡で、長篠設楽原PAの駐車場東側から階段で登れます。山頂には山住稲荷社が祀られており、信長の歌碑も残っています。
「きつねなく 声もうれしくきこゆなり 松風清き 茶臼山かね」
決戦前日は雨が降り続け、このまま続けば火縄銃が使えないという不安の中、当日に雨が上がってキツネの声が聞こえてきたという嬉しさを詠んだ歌です。
前回は負けたけど、信玄は死んじゃったし、武田の騎馬隊封じに馬防柵も作ったし、火縄銃もあるし、今回は負ける気がしないぜ!っていう信長の気持ちが伝わってきます。
ここから北側に秀吉軍、最前線に徳川軍を配置して指揮をとった信長の目線で、設楽原を見渡すことができます。
④ 設楽原歴史資料館

長篠の戦いの経緯や戦況を学べる資料館で、日本一の規模を誇る火縄銃・古式銃のコレクションが圧巻です。実際に使われた火縄銃が所狭しと並ぶ展示は迫力満点。
武田信玄を討ったとされる伝説の鉄砲や、日本一長い狩猟用鉄砲など、ユニークな展示も充実しています。長篠城址史跡保存館との共通入場券が便利です。
住所:新城市竹広字信玄原552
開館時間:9:00~17:00
休館日:火曜日(祝日の場合は翌平日)・年末年始
※夏休み期間中は開館
入館料:一般400円 小中学生100円
(長篠城址史跡保存館と共通券あり)
駐車場:あり(無料)
⑤ 信玄塚

設楽原歴史資料館の南側にある戦死者を弔った塚で、武田軍を弔った「大塚」と、織田・徳川連合軍の「小塚」の2つがあります。
武田信玄は長篠設楽原の戦いの時はすでに亡くなっていたのに、なぜ「信玄塚」と呼ばれるのかは諸説あるものの不明とのこと。

塚のそばには廃寺となった「福来寺」に祀られていた閻魔大王坐像が残されています。
作者の空道和尚は、武士が百姓や町人を苦しめる姿を見て心を痛め、武士の生活を捨てて仏門に入った人でした。空道和尚は裏山に穴を掘り、断食して念仏を唱えながら往生したと伝わっています。
エンマ大王像はとっても怖いお顔ですが、厄除けと病魔退治、健康・長寿のご利益があると言われています。
実際に行ったレビュー(正直な感想)

- 自然が多く、山里の中にひっそりとある
- 歴史好きには間違いなく刺さる場所、ただし、予備知識がないとスポットの意味がわかりにくい
- 観光地としての整備は最低限で、案内板を読みながら自分で想像する楽しさがある
- 馬防柵周辺は普通の田園風景が広がっており、「ここが激戦地?」と拍子抜けするくらい穏やか
- 設楽原歴史資料館の火縄銃コレクションは、歴史に詳しくない人でも純粋に迫力で楽しめる
正直なところ、事前知識なしで訪れると「ただの草原?」で終わってしまいます。長篠の戦いの背景や馬防柵の意味を知った上でそこに立つと、同じ景色がまったく違うものに見えてきます。
所要時間はどれくらい?

全スポットを回るなら2〜3時間が目安です。
| スポット | 所要時間の目安 |
|---|---|
| 長篠城跡・史跡保存館 | 約30〜60分 |
| 馬防柵・設楽原 | 約20〜30分 |
| 信長本陣跡(茶臼山) | 約20〜30分 |
| 設楽原歴史資料館 | 約30〜40分 |
| 信玄塚 | 約10〜15分 |
| 合計 | 約2〜3時間 |
効率よく回るモデルコース
スポットが点在しているため、車移動が前提です。公共交通機関での移動は難しいので注意してください。
① 長篠城跡・長篠城址史跡保存館
まずここで長篠の戦いの発端と鳥居強右衛門の逸話を把握しておくと、この後の見学がぐっと深まります。
② 馬防柵・設楽原(決戦地)
再現された馬防柵を見学。設楽原歴史資料館の屋上からも馬防柵のラインを一望できます。
③ 設楽原歴史資料館
長篠城との共通券があるので、先に購入しておくとスムーズです。火縄銃の展示は歴史好きでなくても圧倒されます。
④ 信玄塚
資料館の南側にすぐあるので、セットで立ち寄れます。
⑤ 織田信長本陣跡(茶臼山)
長篠設楽原PAに車を停めて徒歩で登ります。最後にここから設楽原を見渡すと、戦いの全体像が頭の中でつながります。
長篠の戦いの勝敗は?
武田軍の重臣は「設楽原での戦いは不利である」と進言したものの、武田勝頼は織田・徳川連合軍を打ち倒す好機と考えて決戦を決意、馬防柵に向かって突進しました。
信長の鉄砲隊は3段構え(連射ができない火縄銃で、3列に並んだ鉄砲隊が順番に前に出て撃つ)で応戦、武田軍は大きな被害を受け敗北、撤退を余儀なくされました。
この戦いで敗れた武田軍は、その後の織田・徳川連合軍の侵攻により、1582年に滅亡。戦国の流れを変える戦いは、織田信長の天下統一へ大きく進む戦いとなったのでした。
まとめ:”観光地”というより”歴史を感じる場所”
- 長篠の戦いの史跡は現在も複数のスポットとして訪れることができる
- 全部回るなら車移動で約2〜3時間が目安
- 長篠城→馬防柵→資料館→信長本陣跡の順が効率よく回れるコース
- 予備知識があると満足度が大きく上がるので、事前に長篠の戦いの流れを把握してから訪れるのがおすすめ
賑やかな観光地を求めて行くと物足りなさを感じるかもしれませんが、戦国時代の転換点となった舞台に実際に立つ体験は、他の観光地では得られない重みがあります。
ぜひ歴史の流れを頭に入れて、訪れてみてくださいね。
