織田信長生誕地とされる勝幡城跡と信長も参拝した祖父江町の布智神社へ行こう

稲沢市祖父江町の布智神社の西鳥居【麒麟がくる】

「麒麟がくる」で織田信長が、斎藤道三の娘・帰蝶と結婚しましたね。信長は数え年で15歳のとき、結婚当時は那古野城に住んでいました。

信長が生まれたのは1534年、勝幡城が有力視されています。今までは那古野城と考えられていましたが、信長が生まれたとき、那古野城はまだ今川氏のものだったことがわかったからです。

この記事では、稲沢市にある織田信長の生誕地?勝幡城跡と、信長が武運長久を祈願した布智神社をご紹介します。

稲沢市の信長公ゆかりの地で、強運パワーを感じてみましょう。

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稲沢市平和町にある勝幡城跡

信長の父・織田信秀もすごい武将だった!

勝幡城は信長の祖父・織田信定が築城したお城で、信長の父・織田信秀も勝幡城で生まれました。父の跡を継いだ信秀は、尾張守護・斯波(しば)氏の三奉行として、仕えていました。

信秀は「尾張の虎」「器用の仁」と呼ばれ、湊町である津島と熱田を支配し、物流を促進、経済的基盤を作り上げていました。

朝廷に対して寄進や献金をして、見返りに官位を授かって、主君の斯波(しば)氏よりも高い位になり、斯波氏は没落。信長の時代には家臣に転じてしまいました。これも「下剋上」なんでしょうね。

織田信秀が天下を取ってもおかしくないほどの知将であり、勢いがあった野心家でしたが、病により42歳で亡くなります。尾張を平定し、信長の天下統一への基盤を作った武将でした。

織田信秀・信長が生まれた城

勝幡駅前にある織田信秀・土田御前と信長の像

1534年に吉法師(のちの織田信長)が、勝幡城にて織田信秀と正室・土田御前との間に誕生しました。写真↑は、勝幡駅前広場にある、信秀と土田御前に抱かれている信長像です。

勝幡駅には、勝幡城の推定復元模型も設置されています。

勝幡城はもともと「塩田(しおばた)」と呼ばれていましたが、縁起を担いで「勝ち旗」の意味で「勝幡(しょばた)」に改名したと言われています。

その後、今川氏豊から那古野城を奪った信秀は、幼かった信長に那古野城を譲り、名古屋市中区に古渡城を築城します。勝幡城は家臣を城代として置いていましたが、やがて廃城になりました。

勝幡城は日光川と三宅川が合流する三角州にあり、二重の堀に囲まれた館城でした。江戸時代の日光川改修工事により、城の中心に川が通ったため、勝幡城は姿を消してしまいました。

稲沢市平和町にある勝幡城の古城蹟

日光川に沿った道を北へ歩いて行くと、「織田弾正忠平朝臣信定古城跡石碑」があります。このあたりが勝幡城本丸の南部分と推定されています。

昭和54年の排水工事の時に、この石碑近くの地下約3mのところから城の基石が発見されました。(現在は佐織支所の旧町長室脇に保管されています。)

稲沢市平和町にある嫁振橋にある勝幡城復元図

そのまま北へ行くと「嫁振橋」があり、「勝幡城復元図」が埋め込まれています。この図を照らし見ながら想像するしかないのですが、この地で幼い信長公が走り回っていたって、なんだか不思議な気がします。

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稲沢市平和町にある勝幡城址の石碑

嫁振橋から東へ行くと、「勝幡城址」の石碑があります。

勝幡城址
住所:稲沢市平和町城之内105

名鉄津島線「勝幡駅」から勝幡城址まで約1Km、15分ほど歩きます。

車の場合は、日光川の堤防道路は北行きの一方通行です。少し広くなった場所に路駐するか、勝幡駅前に有料駐車場があるので、そこから歩くことになります。

稲沢市祖父江町の布智神社

稲沢市祖父江町の布智神社の拝殿

勝幡城跡から北にある、布智(ふち)神社。927年にまとめられた全国の神社一覧に名前があるので、古くから(平安時代?)この地に鎮座する神社のようです。

シイノキの群生に囲まれて、昼間でも薄暗い雰囲気の神社です。中には樹齢300年と推定されるシイノキもあるんだとか。参道の西側には竹林があり、外部からの音をシャットダウンしているようです。

しんとした静かさの中で、自分の歩く音だけが聞こえてきます。(夏ならセミの大合唱が聞こえそうですね。) 手水舎の水は火傷や熱病を治すと伝わっています。

布智神社のご祭神は「軻具突智命(かぐつちのかみ)」、鎮火・尚武の神様で、織田信長公が武運祈願をしたと伝わっています。清洲城主も鎮火や尚武祈願をし、社殿の修復や寄進も行ったそうです。

稲沢市祖父江町の布智神社拝殿の天井

拝殿の天井には120枚の天井画が飾られています。いつ頃飾られたのかはわかりませんが、今でも色鮮やかに、たくさんの花絵で覆われています。

天井画の四隅は、東の青龍、南の朱雀(神鳥)、西の白虎、南の玄武(霊獣)と、天の四方を守る四神が描かれています。

中国ではこの四神が守る中央には、黄龍または麒麟がいるそうですよ。

名鉄尾西線「森上駅」から約600m、10分ほど歩きます。布智神社専用の駐車場は見つけることができませんでした。(神社の西側で駐車禁止でない場所に駐車させてもらって、参拝しました。)

日曜日に参拝しましたが、社務所は閉まっていました。神社内はとてもきれいに整備されているように見えるのですが、普段は無人のようです。

布智神社
住所:稲沢市祖父江町本甲宮東4

さいごに

稲沢市にある織田信長の生誕地と考えられている勝幡城跡と、信長が武運長久を祈願した布智神社をお伝えしました。

歴史は謎解き、ですよね。今になってわかることもあって、歴史の流れは変わらなくても、細かい部分が少しずつ変わってきたり、面白いですよね。

「麒麟がくる」では織田信長公を染谷将太さんが演じています。結婚当初はほわっとした、優しさがにじみ出てる信長ですが、この先どんな風に変わっていくのか、とっても楽しみです。

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