小牧山城の石垣は信長が築き家康が改修?見どころとアクセス駐車場は?

【麒麟がくる】

小牧山城は織田信長が初めて築いた城として知られていますが、それまでの城と違って、初めて石垣が使われたお城、ってご存じですか?

それまでのお城は、土を掘って堀を作り、土を盛り上げて土塁を作ったお城だったんです。信長が小牧城を築城する前に住んでいた清洲城には、石垣はありませんでした。

この記事では、平成16年から始まった発掘調査で、新しい真実が見つかっている小牧城について、歴史や見どころをご紹介します。

桶狭間の合戦で大名として名を挙げた信長の、センスが光る小牧山城をぜひ歩いてみてくださいね。

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信長が築城した小牧山城

愛知県小牧山城内の地図

小牧山城の歴史

1560年、織田信長は桶狭間の戦いで今川義元を討った後、松平元康(徳川家康)と同盟を結び、次は美濃をとる!と決め、標高約86mの小牧山に城を築きました。

1563年、信長は清洲城から小牧城へ居城を移し、犬山方面を支配して尾張統一を果たしました。そして、1567年に斎藤龍興(斎藤義龍の子)から美濃を奪うと、岐阜城へ居城を移します。小牧山城はわずか4年で廃城となってしまいました。

1582年、本能寺の変で信長が斃れると、羽柴秀吉は清須会議(信長の後継者を決める会議)でうまく立ち回り、実質的に織田家を差配する立場になっていきます。

1584年、織田信雄(信長の次男)・徳川家康連合軍が、小牧山城を改修して、犬山城の秀吉と対峙します(小牧・長久手の戦い)。半年以上、小競り合いを続け、和睦。

小牧山城は再び廃城となりますが、家康が江戸幕府を開いたのちに小牧山城は徳川家の所領として一般の入場を禁止し、昭和になって尾張徳川家から小牧市に寄贈されました。

信長が手掛けた不思議なつくり

愛知県小牧山城の大手口

小牧山城は、まっすぐ一直線に伸びる大手口があります。お城は、侵攻されにくいように、くねくねと曲がりくねった大手口があり、一直線に城に向かう道はあまり見られないんですよね。

大手口がまっすぐ作られているお城は小牧山城と安土城くらいなんだとか。天守近くになると、くねくねした道になっています。

愛知県小牧山城の北側から見た小牧市役所

大手口がまっすぐだから攻めやすい城、というわけではなく、北側を見ると、8mの高さの土塁に、空堀があって、また更に8mの土塁が作られています。

歴史を書き留めた古い書物には、小牧山城は「火車輪城(かしゃりんじょう)」と記されていたそうです。

2018年から行われている発掘調査で、小牧山城は階段状に3段石垣が積まれていて、石垣と石垣の間は通路になっていたようです。

その通路に松明を置くと、城を囲む石垣がぐるっと照らされて、火の城に見えたんですね。見る人を圧倒させる、現代のライトアップをやっていたのかもしれません。

しゃちほこを天守に初めて乗せたのも信長と言われていて、信長は戦いの砦としての城としてだけではなく、権力の象徴として見せる城へと変えていったんですね。

石垣調査で分かったこと

愛知県小牧山城の石垣

戦国時代のお城にはほとんど見つかっていない石垣を取り入れて築城された小牧山城。

発掘調査では、盛土の前に野面積みで大き目の石を積み上げ、土と石垣の間には、小さな石(裏込め石)を詰めて、強度を出していました。

玉石が敷き詰められ側溝跡も見つかっていて、信長の居住用の建物があったのではと考えられています。堀で区画された武家屋敷が立ち並んでいたことも、明らかになっています。

まだまだ新しい発見がありそうな、小牧山城です。

疑似天守は小牧市歴史館

愛知県小牧山城の小牧歴史館

小牧城は昭和42年に鉄筋コンクリートで建設された、3層4階建ての模擬天守で、「小牧市歴史館」になっています。(平成19年にリニューアルしています。)

古墳が築かれた時代から武士の時代まで、発掘調査の出土品の展示や、小牧・長久手の戦いが立体パノラマでわかりやすく解説する音声ガイドがあります。

最上階の展望室からは、はるか遠くに名古屋のツインタワーや御嶽山を眺めることができましたが、少し曇っていたので、名古屋城・犬山城・岐阜城は見ることができませんでした。

信長はここから岐阜城をにらみながら、どう攻略してやろうかって考えていたのかも…と考えると、歴史ロマンを感じますよね~。

小牧市歴史館
開館時間:9:00~16:30
休館日:第3木曜日(祝日の場合は翌平日)・年末年始(12/29~1/3)
入場料:一般100円(小牧市歴史館と共通)

家康が改修した小牧山城

改修跡の土塁が見える!

愛知県小牧山城の土塁の断面

家康が小牧山城に入ったのは1584年、信長が亡くなってから2年後です。山の中腹の堀や土塁、山麓に二重の堀と土塁などを改修し、犬山城に陣を置く秀吉と対峙しました。

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小牧山の北東に土塁の断面が展示されています。一般的な地層と逆になっているんです。堀を掘った土を積み上げて土塁を作っていったから、なんです。

しかも、踏み固めて土塁が作られていないことから、とにかく急こしらえで、短期間で改修工事をしたことがわかります。

小牧山のふもとをぐるりと囲うように堀があり、土塁が積まれています。

愛知県小牧山城の虎口

家康の改修で作られた虎口↑(こぐち:城の出入り口)。

江戸時代になると、小牧山は徳川家の大切な場所として尾張徳川家によって管理され、周りに柵を建てて保存されたため、当時の土塁や堀が現代まで残されています。

れきしるこまきへ行こう!

愛知県小牧山城内のれきしるこまき

小牧山のふもとにある「れきしるこまき」は、小牧山城の歴史情報館。2019年4月に開館したばかりの、映像をつかって小牧山の歴史を伝える、新しい施設です。

エントランスの先にある「城郭シアター」では、信長・秀吉・家康の3英傑が築いた(関連する)お城について、床面の日本地図と、壁面の大画面で紹介してくれます。

現在していない安土城の、独創的で豪華な想像図は、「ほぉ~っ」と声が出ちゃいますし、床面の地図の、海の上を歩くと波が立ち、自分がゴジラになったかのような気分も味わえます。

隣の部屋では、戦国時代の合戦や小牧山の歴史を学ぶことができます。歴史を伝えるキツネの声は「さくらひろし(ちびまる子ちゃんのお父さん)」、あのひょうひょうとした口調につい引き込まれちゃいますよ。

次の間では、石垣模型に映し出されるプロジェクションマッピングで、石垣について教えてくれます。石1つでいろんなことがわかるって、おもしろいですよね。

レクチャールームでは、春風亭昇太師匠が小牧山城の見どころを教えてくれる映像が流れていました。とってもわかりやすくて面白いので、小牧山城を歩く前にぜひご覧になってみてくださいね。

れきしるこまき(小牧山城情報館)
開館時間:9:00~17:00
休館日:第3木曜日(祝日の場合は翌平日)・年末年始(12/29~1/3)
入場料:一般100円(小牧市歴史館と共通)

小牧山城のアクセスは?

小牧山城へ電車・バスでの行き方

名古屋から一番わかりやすい行き方は、名古屋から名鉄犬山線で「岩倉駅」下車します。岩倉駅にはミュースカイはじめ、どの電車もすべて停車します。

岩倉駅から名鉄バス岩倉F線(小牧駅行)で「小牧市役所」で下車、小牧山城は目の前にあります。

または、名古屋駅から名鉄犬山線で「犬山駅」まで行き、小牧線に乗り換えて「小牧駅」で下車します。名鉄小牧線は犬山駅が始発になります。

小牧駅から西側(名鉄小牧ホテルがある側)へでて、シンボルロードをまっすぐ歩くと、正面に小牧山城が見えてきます。約20分ほど歩きます。

小牧駅からバスで行くこともできます。バス乗り場は小牧駅の東口バスターミルから乗車します。

小牧市コミュニティこまき巡回バス(1回200円)で「小牧市役所前」で下車します。小牧駅から小牧市役所へは、ほとんどのコースのバスが停車する(55~60コースと、桜井経由・小牧市民病院経由は停車しません)ので、確認のうえ乗車してくださいね。

平日も土日祝日も同じ時刻表で運行されていますが、年末年始(12/31~1/3)はお休みです。

小牧駅から名鉄バスや、あおい交通ピーチバスで小牧市役所へ行くこともできます。

小牧山城へ車で行く・駐車場は?

車で行く場合は、名神高速道路・東名高速道路の「小牧IC」から南へ約2Kmです。

駐車場は国道155号線沿い、小牧警察署手前にコインパーキング(小牧山北駐車場/50台)があります。最初の2時間は無料、以降30分100円で、24時間1,000円打ち切りです。

小牧山北駐車場
住所:小牧市小牧1-1
入出庫時間:終日

※小牧市役所の駐車場は、土日解放されています。

さいごに

信長が築城し、家康が改修した小牧山城の歴史や見どころについてお伝えしました。

続日本の100名城に選ばれている小牧山城、頂上の歴史館まで上がると、息が切れちゃうくらい、ぐるりと回るといい運動になります。

休憩所前の芝生では、家族連れがお弁当を食べたり、バドミントンを楽しんでいました。春にはソメイヨシノやシダレサクラが1,150本咲き、さくら祭りが開催されます。

ぜひゆっくり散策してみてくださいね。

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